大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)142号 判決
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【判旨】
三抗弁1(旧債務の不存在)について検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができ<る。>
控訴人は、京都市中央ママ区河原町六角東入ホワイトビル二階において、サパークラブ「ナイトイン白川」(以下控訴人の店という)を経営していたが、同店で飲食した客が掛売を希望したとき、控訴人は、自分が信用おける客であると判断した場合、又はホステスがその支払の責任を持つので客への掛売の許可を求め、控訴人もこれを承諾した場合に、その客への掛売を認めていた。即ち、水商売はホステスの個性により客がつくものであつて、ホステスは過去の水商売等の経歴から勤め先の店の客とは別にホステス独自の客を持つており、これがホステスの財産でもあるので、勤務先の控訴人の店には、大きな会社は別として個人の客の住所・名前・職業等を知らせず(客をとられたくないとの配慮による)、その客が掛売を求めればその無理も聞く必要もあるところから、独自の客については経営者の控訴人に対し、ホステスが責任を持つので掛売を認めて欲しい旨承諾を求めることになり、控訴人もみだりに掛売を拒否してホステスに対し独自の客を失わせることはホステスのためにもできないし(経営者の控訴人にとつても商売上得策でないこと勿論である)、さりとて控訴人はその客の住所・名前・職業等が判らず、その客に対し飲食代金の請求をすることができないことがあるため、ホステスに対し同人の保証がある限り掛売を認めていた。飲食業界において経営者とホステスとの間には同種の慣行がある。
被控訴人は、過去にスナツクを経営していた経歴等から、被控訴人独自の客を一〇名ないし二〇名持つていたが、控訴人の店に勤め始めるとき、控訴人から、控訴人の店においても、ホステスが掛売を許した客の場合はその客の買掛金の支払についても保証責任を負わねばならないことを聞かされた。そして被控訴人はその後自己独自の客である向陽建設、上野建設、越賀某、山下某、新田某等につき掛売を許して控訴人に対しその支払を保証していた。
岩崎は当初他の店の紹介で控訴人の店にフリーの客(控訴人の店の客として取り扱われる)として現金払いで飲食していたが、その時被控訴人が岩崎の接待をしたのが切つ掛けで、同人の来店四回目位の時である昭和五四年六月二三日、岩崎から控訴人の店にいた被控訴人に直接電話がかかり、席を予約して来店し、被控訴人が専らその接待に当つたが、岩崎は飲食代金を支払わないまま帰つたので、控訴人は被控訴人にその理由を尋ねると、岩崎から掛売を頼まれ、仕方ないのでこれを許した旨、及び自己がその支払につき責任を持つ旨答えたので、控訴人もこれを承諾した。その後岩崎は被控訴人の独自の客として度々控訴人の店に来店したが、被控訴人はその都度専ら岩崎の接待をし、昭和五四年六月二三日から同五五年五月二一日までの期間、五二回にわたり、合計三二二万八一七〇円の掛売を同人に許した。しかし岩崎は昭和五四年九月一日三一万一二六〇円を支払つたのみであるので、その未払買掛金は昭和五五年五月二一日現在二九一万六九一〇円となる。その間控訴人は被控訴人に対し、月末毎に岩崎やその他控訴人が掛売を許した客の掛売額を記載した請求書を渡し、その未収代金の取立を依頼していたが、その際被控訴人から自己の責任に属さない客の請求書が含まれている等の異議はなかつた。
控訴人は一人の客の未払飲食代金が三、四拾万円を超えると、それ以上の掛売を認めない方針であつたが、岩崎への掛売額が三〇〇万円近くに達するまでに至つた原因として、被控訴人と岩崎との間には客とホステスの関係以上に男女の関係があるとみていたため、岩崎は被控訴人とのつながりで何時かは支払つてくれるだろうと考えていたし、また被控訴人に対し強く掛売の取立を求めることをためらつていたことがあつた。事実被控訴人は昭和五四年か五五年の七月二九日の自己の誕生日頃、岩崎から総額二〇〇万円にも及ぶダイヤのイヤリングや外国製時計を貰つたことがあるほか、控訴人の店において、岩崎の財布から勝手に札を取り出し他のホステスにチツプをやつたりするなど、他の客とは違つた親密さがあつた。
以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被控訴人は控訴人に対し、昭和五五年九月七日現在、岩崎の買掛債務二九一万六九一〇円の保証をしていたが、右金額を超える保証債務は負担していなかつたものである。
四抗弁2(公序良俗違反)について検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人の店には被控訴人を含めて四名のホステスがいたが、そのうち二名はホステス稼業の経験が少ないか、独自の客がつかなかつたので、客に対する掛売をほとんどしていなかつた。右四名のホステスは、午後八時から翌日午前三時まで働き控訴人から固定給として一日一万二〇〇〇円(但し昭和五四年一月以降)、一か月約三〇万円(二五日働いたと仮定した場合)の支払を受けていた(当時の女子労働者の賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の全年令平均給与額は月額約拾四、五万円である)が、独自の客を持ちその客に掛売を許していた被控訴人と服部美也子は、右同額の固定給のほかに売上代金から税金とサーヴィス料を差し引いた残額の一割をバックマージンとして収入に加えていた。被控訴人と服部は、客の過去の代金支払状況や客の話、あるいはその知人等によつて、代金を支払つてくれる客か否かを判断して、代金支払時に客に対し掛売を許すか否かを決定していたが、少なくとも服部は全然知らない客には掛売をしていなかつたし、回収の悪い客には途中で掛売を断つていた。そしてホステスが掛売を認める客は、控訴人の店においてそのホステス独自の客として扱われた。因に服部は二〇人位の独自の客を持ち、一か月のバックマージンが約一〇万円、固定給約三〇万円、合計約四〇万円の収入を得ていたが、経費として毎月一七、八万円の衣装代等を支出していたので、実収入は月額二拾二、三万円であつた。そして同人は退店時(昭和五五年二月)六〇万円の掛売の保証債務があつたが、独立して店を持つために控訴人の店を辞め、その後分掛してその債務を支払つた。
被控訴人は昭和五五年八月二〇日事情があつて現在の夫と駈落ちしたが、同時に控訴人の店を無断でやめ、以後日向市内でホステスとして働き、現在は飲食店を経営している。一般的にホステスが客の買掛債務を保証ないし債務引受した場合、当該店を退職するまでにその債務を清算することが業界の常態となつていて、控訴人の店もその例外ではないが、控訴人の店においては、掛売をしていた被控訴人や服部の場合によつて明らかなとおり、その債務の支払のためにホステスの退職自体が極めて困難というものではない。
右認定事実及び前記三認定事実によれば、本件保証債務は岩崎に関する部分を含めて、控訴人が経営者として負担すべき掛売によつて生ずる未収金の回収不能の危険を回避し、客の飲食代金を被用者たるホステスに支払わせて容易にこれを回収しようとする内容を有していることを否定できないとしても、被用者のホステスも独自の客(岩崎)という無形の財産を維持して自己の収入源を確保する必要があつて、自己の判断で本件保証契約を締結した訳であるから、本件保証契約は必ずしも経営者の利益のためだけに締結されたとはいい切れない一面を有し、かつ経営者の控訴人は、ホステスの独自の客につき、その客の住所・名前・職業等を知らなくて売掛代金を請求できない場合があり、また掛売を拒否してホステス独自の客を失わせることもできないので、本件保証契約の締結それ自体が、経営者の一方的利益に偏し極めて不当であるとまではいいえない。
そして被控訴人と岩崎との関係、被控訴人の雇用条件等によれば、経営者の控訴人が雇主の地位を不当に利用し、被用者たる被控訴人の無思慮、無経験、窮迫に乗じて不当の利益を博するため、岩崎に関する本件保証契約を締結させたとは解し難いところである。
また本件保証契約は被控訴人らホステスの人身の自由(退職の自由)を極度に制限するものと解せられないことは前記三認定のとおりであり、他に公序良俗に反すると認めるに足りる事実も窺えないので、右抗弁2の主張は採用できない。
(乾達彦 緒賀恒雄 馬渕勉)